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​第五話:異変

・弐・

 凧を持って面倒臭そうに現れた巌勝(みちかつ)と、はしゃぐ義政(よしまさ)の姿が対照的で、合流した春野宮(はるのみや)は思わず笑った。

 一歩後に控えた縁壱(よりいち)が、

「兄上…なんだか、申し訳ありません…」

「全くだ。折角の晴れ間をなんでお前らと凧揚げなんぞしなければならん!」

「そう言うなよ、巌勝。約束したろ?」

 義政が笑いながら言う。

 ますます済まなそうな顔付きになった縁壱に、春野宮は、

「師匠も。やりたかったんでしょ?」

「それは、まあ…はい」

「じゃ、ね。そういうときは、義政みたいに阿呆(アホ)にならないと」

「はる! お前言い方!」

 義政が飛びかかって来、雪之丞(ゆきのじょう)が大笑した。

 あわや彼をも巻き添えになりそうな所を、春野宮は笑いながら避けて、

「ね! ね、どうやるの? 僕、やったことないんだ、凧。持って走ればいいの?」

 巌勝の傍に駆け寄り見上げて言うと、縁壱も寄ってきた。

 巌勝が自分らを交互に見遣ると、

「…いや、糸を伸ばすんだ、最初に」

「へええ!?」

「ほら、縁壱そっち。持て」

「あ、はい…」

 巌勝に凧を渡され、縁壱がはにかみながらそれを手にする。

「ええと…ここにいれば? いいんですかね?」

「そうだ。動くなよ?」

「俺が風を読んでやるよ。縁壱、両手で凧をできるだけ高く掲げて?」

「あ、はい…」

 縁壱は義政に言われるままに、両手に掴んだそれを、天に掲げた。

 雪之丞が傍らに寄って来、一緒に見上げる。

「雪。雪もやったことあるの?」

「ああ、昔ね。奥州(おうしゅう)にいたとき、兄上とやったよ」

「そっかあ…いいなあ!」

「誰が一番高く上がるか、とかね。結構ムキになったなあ」

 薄い青空に輝く黄金の太陽が、五人を照らす。

 柱の遊戯に初めは何事かと、下級隊士達が遠巻きに集まってきた。ところがそれが「凧揚げ」だと分かると、広場に思い思いに座り、そこかしこから、

「昔やったなあ」

「俺も!」

「俺の田舎じゃ、幾つか繋がった凧を揚げてたよ、それがまた難しくて」

「最近じゃ三角形の凧とかあるだろ」

「へえ!」

 と、長閑(のどか)な会話が聞こえてくる。

 その間にも、巌勝は糸を伸ばし続け、

「あの…」

 と不審に思った縁壱が傍の義政に話しかける。このままでは広場の端から端へ届いてしまうのでは? と言葉を添えるが、義政は、

「巌勝、その辺で!」

「分かった!」

「ほら、縁壱、糸をぴんと張って」

 言われるがままに数歩後退すると、弛(たる)んで風に靡(なび)いていた糸は張った。

「俺が合図したら手を離すんだぞ?」

「わ…分かりました」

「巌勝、行くぞ!」

「ああ! いつでも!」

 義政がすぅ…と呼吸する。

 自然と辺りは静寂に包まれ、皆の視線が縁壱の手元に集まった。

 そよ…と北風が軽く頬を撫でるかと言うとき、義政が、

「今だ!」

 叫ぶ。

 咄嗟に縁壱は手を離し、

 巌勝は糸を一二度、くん。と引いた。

「わああああ!」

 あっという間に、凧が風に乗る。

 蒼穹に、白い四角い窓が開いたように、高々と揚がった。

「すごい…!」

 春野宮が感嘆する。

 義政と雪之丞が巌勝の傍へ駆け寄っていく。が、春野宮は見上げたままそこから動けず、縁壱も、凧に目をやったまま、春野宮の傍に寄った。

「あんなに…凧が…揚がるなんて…」

 縁壱の呟きに、春野宮が彼を見上げる。

「凄いね! 師匠! …師匠?」

 縁壱の頬に伝うものを目に収め、春野宮は軋む胸元に手を当てた。

 縁壱の傍らにぴったりとくっついて、同じように見上げて囁く。

「良かったね、師匠」

「…はい」

「巌勝としたかったんだもんね」

「……はい」

「師匠」

「…はい?」

 最後の呼びかけには縁壱は目尻を拭いながらこちらを向いた。

「巌勝と話さないと駄目だよ」

「え…?」

「話さないと伝わらないこと、きっとたくさんあるよ」

「はる……」

「巌勝のこと。大好きなんでしょ? 師匠」

 縁壱の表情が驚いたようになって、次いで俯き加減で小さく頷く声が聞こえた。

「いなくなってからじゃ、後悔するよ? 僕…今でも空を見上げて姉上に話しかけてる」

「! はる…」

「あの凧。姉上にも見えているといいんだけどなあ」

 それきり、二人は凧を見上げて佇んだ。

 暫くした後、義政が、

「縁壱! はる!」

 遠くから呼んでくる。

 二人は慌てて彼らの傍に寄った。

 巌勝が、

「ほら、縁壱」

 手元の糸巻きを渡そうとするのを、まじまじと見つめて、

「あの。どうすれば」

「仕方ないな、ちょっと見てろ」

 言いながら、巌勝が右手に糸巻き、左手に糸を軽く摘まんで、凧を見上げながら軽く何度か引く。間を開けながらそれを繰り返すと、

「分かったか?」

「はい…」

 手渡され、縁壱がそれを受け取った。

 天を見上げながら、時折糸を引く。その度に凧が風を拾い孕むのを手元に感じ、

「!」

 高く揚がり続ける訳に得心した。

「これ…伸ばせば伸ばすほど、高く上がるんですか…?」

 言うと、義政が答えた。

「上がるには上がるけど、糸が切れるよ」

「えっ」

「上空の風は地上の風よりずっと強いんだ。凧毎風が、攫って行っちまう」

「そうなのですね」

「俺、それで何度怒られたことか…」

 溜息交じりで雪之丞が言うと、

「はは! あるあるだな」

 義政が笑った。

「ね! ね! 僕も! 僕にも持たせて!!」

 春野宮が言うと、縁壱が仄かに笑みを浮かべて、

「ええ。はる」

 手渡してくれた。

 義政や雪之丞に囲まれ談笑する脇で、縁壱に巌勝が寄り添う様を見る。

『師匠…』

「ありがとうございます、兄上」

「元々お前の土産だ」

「そうでした」

 二人、見上げた場所が同じであることに、春野宮の胸が熱くなった。

「良かったな、縁壱」

 巌勝の言葉に、縁壱が振り向く。

「あの頃…お前。糸に絡まってなあ」

「…ええ」

 縁壱がはにかんだ。

「揚げ方が分からなくて。兄上に手間を掛けさせてしまいましたね」

「それな。…ふふ!」

 思い出したように笑みを零した巌勝に、縁壱も口元に手を当てる。

 それがどんなに貴重なことか、春野宮には分かる気がした。

『僕にはもう、帰る場所なんてないけど。二人は…師匠達は。まだ、互いに互いがいるんだ。どうか。どうか。それに気付いてほしい…』

 暫く五人は、凧を見上げて口を噤んだ。

 肌には冷たい北風が、心は何処か温めてくれるようだった。



 その夜。

 春野宮は、縁壱に誘われ久々に日柱邸で過ごすことになった。

 理由は何となく分かる気がしたが、こちらからは何も言わないことにした。落ち着かない縁壱を見ては、内心、くすりと笑う。

『余程、嬉しかったんだなあ。師匠』

「はる。お風呂湧きましたよ。今日はだいぶ風に当たりましたからね。ゆっくり暖まって下さいね」

「それは師匠も同じでしょ。一緒に入ろっか?」

「…そうですね…、すぐ冷めてしまいますし。そうしましょうか」

「僕、背中流してあげる!」

「ふふ! ありがとうございます」

 何気ない会話を交わしながら、着物を整え竃(かま)に向かう。

 脱衣所でわいわいと話しながら着物を脱いだとき、

「…師匠?」

 懐から小さな巾着を取り出して動きの止まった縁壱に、春野宮は首を傾げた。

 じっと袋を見つめたまま動かない縁壱に、春野宮の瞳が優しくなった。

「大事なものなんだ? それ」

「あ。…ええ」

 見向いた縁壱の表情が、それまでにない微笑みを伴った。面映ゆそうに、嬉しそうに、両手できゅ、と巾着を包む。何か細くて小さな物が、仕舞われているようだった。

「とても、とても…」

「僕の弽(ゆがけ)と一緒だね!」

「ふふっ。そうですね!」

 縁壱が笑声を立てながら大きく頷いた。

 それきり彼が巾着に話を振ることはなかった。だが、春野宮はそれでいいと思った。自身とて、弽の話をしたことはないのだ。

 それでも彼は、察してくれる。互いに互いの大事な物が分かっているだけでも、貴重な事だと思った。

 湯に浸かっても、流し場で互いに背中を流しても、昼間のことを思い出しているのか、縁壱の表情がずっと緩みっぱなしで、それが春野宮にはおかしかった。

 縁壱の髪を丁寧に下から櫛で梳きながら、汚れを取る。何度か流しては梳いてを繰り返し、手拭いで水気を取って高い位置で整えると、

「ねえ、師匠?」

 春野宮は尋ねた。

「師匠はなんで、鬼狩りになったの? 聞いてもいい?」

 今度は春野宮が縁壱に整えてもらう番になって、大きく彼を仰いで問いかけた。縁壱がゆっくり頷くのを見る。

 正面を向いて。と言うように頭を前に戻され、組紐を解く。肩越しにそれを彼に渡すと、大人しくなった。縁壱の丁寧な湯掛けが頭部から肩に流れ落ちて行って、水音が去ると、彼が口を開いた。

「私が鬼狩りになったのは、はる。貴方より、まだたった、半年前のことでした」

「え。そうなの?」

「はい」

 縁壱の優しい指が、軽く髪を梳いて行く。大雑把に髪を一度真っ直ぐ整えてから、彼も下から少しずつ、櫛を通していった。

 頭皮を撫でる櫛の先が、気持ちいい。

 ほうっと溜息が漏れると、縁壱の小さな微笑が聞こえた気がした。

「十年。…継国家を出てから私は、一人の女性と一緒に暮らしていましてね」

「…」

「自然と夫婦になって、ややこもできて…でも」

 縁壱の手が止まった。

 肩に降りた手に、そっと、春野宮が手を乗せる。

「ん。…わかった」

 言うと、縁壱がまた作業に戻った。

「ごめんね、辛いこと」

「いいえ。話せるようになった私は…成長したかと」

「あは! 自分で言うんだ」

「たまには」

 できましたよ。と縁壱の声が届いて、礼を言う。

 二人また一緒に湯船に浸かると、縁壱が言った。

「今日はありがとうございました、はる」

「大したことしてないよ。それにね、僕も誘われた側」

「そうなのですか?」

「ん。屋敷にさ、義政と雪が来たんだ。凧揚げしようって」

「と、言うことは…」

「「義政」」

「だね」

「ですね」

 顔を見合わせ笑う。

「こんな穏やかな一日があってもいいね…」

 口元まで浸かってほっこりすると、縁壱が「ふふ」と笑うのが聞こえた。

 真似した縁壱に笑声を立てて、

「師匠とこんなにゆったり過ごすのも久しぶり。いいなあ、こんな毎日が早く来るといいなあ」

「ええ。…頑張りましょう、はる」

「ん!」

 炉端に戻り、布団を敷き始めた縁壱を眺めて、春野宮はふと思った。

『この家って…まさか』

 だが、それを口にするのは控えた。

 縁壱にとって、彼女と過ごした日々は、それほど大切だったはずだ。それが分かればこそ、尚更、言えなかった。

 そもそも、そんな場所に、自分を呼んでくれる縁壱である。

 その事実だけで、十分だった。

「師匠…ありがと。僕の方こそ」

「…はい?」

「……布団」

「あ、はい」

 縁壱の柔らかい眼差しに、春野宮は幸せそうに頷くと布団に包まった。

 お互いがお互いの方を向いて、もう少しだけ、会話をする。それでも、口を開いているのは八割春野宮の方だった。

「一緒にいると、あったかいね…」

「そうですね」

「お休みなさい、師匠」

「おやすみなさい、はる…」

 やがて春野宮は、深い夢の中へ落ちていった。



 ――――「必ず戻る!」

 雪之丞が叫んだ。

 彼の前に、今、誰かがいたはずだ。だが丁度夢の戸の入口に立ったところで、誰だったかが分からない。

 切羽詰まった雪之丞は続けて、

「はる! 死ぬなよ、いいな、何とか持ちこたえてくれ!」

「分かってる! 頼りにしてるよ…雪!」

「ああ!」

 だが、叫んだもう一人の自分は、

『これでもう、思い残すことはない』

 覚悟を決めていた。

 天から状況を見下ろしていた春野宮は、辺りを見渡した。

『本陣、やっぱり本陣だ…!』

 それも今回は室内が見渡せるほどに、地上に近い。ほぼ、降り立っている。彼らから自分の姿は見えてはいないようだし、実際には何の作用も与えはしないのだろう。夢でどうこうできるほど、夢見の力が自身にあるとも、春野宮には思えなかった。

 舞い上がって距離を取る。

 辺りを見回した。本陣を囲む塀はまだ、崩れてはいなかった。

『前に夢を見たの、何時(いつ)だったっけ…』

 記憶を弄(まさぐ)る。

『あれは、もう二年近く前のことだ。里へ来た最初の春。惣寿郎(そうじゅろう)の屋敷で見たんだ…!』

 あの時は、巌勝が里へ合流する前のことだった。鬼になった縁壱に殺されるかと、夢の内容を信じられずにいたときのことだ。

『夢が未来に起こる何かを指し示しているのだとしたら。この内容に関係する何かが、近い未来に…現実で起こると言うこと?』

 春野宮は、再び屋敷へ戻った。

 そうして、愕然とする。

『巌勝…!』

 もう、間違いがなかった。

 黒と紫闇(しあん)の斑(まだら)の着物。縁壱と同じ痣(あざ)。現実にはない痣が何故彼にあるのかまでは分からない。

 しかし、髪型、手にした日輪刀、声。

『どうして! まだ。まだ…巌勝の未来を変えられないの!? 師匠と巌勝…だいぶ近付いているのに。まだ何か、足りないの?』

 異形の面。

 彼が鬼になるのは間違いがないのだろうと思った。

『とにかく、冷静に…冷静になるんだ。水埜宮(みずのみや)様は、夢を渡ることで、より正確な未来を視ることができると言ってた』

 前回との違いがあるとすれば、本陣の有り体だ。今回は、まだ、崩れていない。

『前に見た夢より、時間軸が前なんだ。そうして夢(こ)の僕は、巌勝を…説得しようとしてる』

 だがそれは、失敗したようだった。

 鬼となった巌勝の六つ目が赫く腫れ上がったように膨れ、黄金(きん)の瞳がカッと見開く。

「ふざけるな!」

 怒号が天を衝き、建物全体が震撼した。

「お前らは、何も分かっていない…!」

 腹の底から絞り出る、悲鳴にも慟哭(どうこく)にも似た叫び。

 見ていた春野宮は、胸を押さえて身を折った。

『巌勝…!』

「一つのことを究(きわ)めると言うことの…、この、耐え難き渇望と絶望…!」

『究める!? 一つのことを…究める…!』

「それはただの、目標でしょ!」

 巌勝と対峙しているもう一人の自分が、叫んだ。

「目的は何なの? 巌勝! 何のために…巌勝は剣を極めるの!」

『! 剣…! そうか…巌勝は…!』

「!」

「僕だって…、究めたいと思った…思ってる! 今でも。弓を! だけど、それと同じくらい大切なものだってあるはずだよ! この里には、巌勝には…ううん、巌勝にも、あるはずだよ!?」

 巌勝の動きが一瞬止まった。

「お願い、目を覚まして…! 巌勝!」

「こざかしいことを…! 本陣ごと、消えてしまえ…!」

「巌勝!」

『巌勝…!』

 夢と夢が、繋がった。

 この後、本陣は、前に見た夢の有様にきっと繋がるのだ。

『そうして僕は、死ぬ――――』

「っ…!!」

 春野宮は飛び起きた。

 後から後から頬を伝うものを、押さえられない。

「巌勝…!!」

 身を折って嗚咽(おえつ)を堪(こら)える。それが返って噎(む)せ混んで、喘ぐように息をすると、胃の中身が迫り上がってきた。

「ぅう! おえっ…!」

『巌勝…! どうして…!』

 慌てて囲炉裏(いろり)に身を這って、中身をそこへ吐き出した。

 瞳から溢れるものまで灰に黒い染みを作り、固まっていく。

『この里を離れれば、僕は死なずに済むんだろうな。もう…間違いない。けど、けど…! 逃げるもんか…!』

 再度迫り上がってきたものを吐き出す。涙も止まらなかった。

『鬼狩りなんだ! 覚悟してる。姉上の仇を討つんだ! そのための命だ…怖くなんかない! でも…でも!』


 巌勝は。

 仲間は、このまま――――!


「嫌だ…! どうして…!」

 再び嘔吐(えづ)いて身を大きく二三揺らしたとき、

「…はる?」

 とうとう、縁壱が起きてしまった。

「! 師匠…」

「はる! どうしました、大丈夫ですか…!」

 縁壱は何度か背中を摩(さす)ってくれた後、慌てて水甕(みずがめ)へと走って行った。枡一杯に水を汲んで、傍の籠から手拭いを持って居間へと戻ってくる。

「はる、はる…!」

 声色がますます、胸を軋ませる。

『師匠を悲しませたくない。この人を…傷つけたくない…!』

 誰が鍵なのか。

 縁壱と巌勝の仲を取り持つだけでは駄目なのか。

 それとももっと根本的に、自分は何か、間違っているのか――――。

『剣の、道――――』

「はる、ゆっくりで構いませんから、うがいをして。それから少し、飲んで下さい…お願いします…!」

 泣きながら吐き戻す自分に手を掛けて、縁壱の声がますます不安げになった。

 懸命に身を起こし、礼を言う。

 枡を受け取る手が震えたが、泣きながらでも笑みを見せた。

「! はる…! そんな顔しないで。泣きたいときは、泣いていいのですよ。私がいます、大丈夫です。大丈夫ですから…ね?」

 縁壱が抱き締めてくる。

「師匠……!」

 ゆっくりと彼の胸元へ身を埋めた。

 瞼を伏せて、呼吸を整える。

『師匠は何時でも、温かい…』




 姉上。

 僕は、間違っていますか?

 今は…鬼を狩るだけじゃない、この人を…護りたいんです。

 深く傷ついて鬼狩りとなった、この人の未来を。

 この人が愛する、もう一人の人(兄君)を。




『姉上…』

 鬼を討つしかない。この双子を救うには、きっと、先に、鬼舞辻無惨を倒すしかないのだ。だからこそ、日々、鍛錬を積み重ねているのだ。

『目指すものははっきりとしてる』

 己が、死ぬのが先か。

 巌勝が、鬼になるのが先か。

 それとも。

 無惨を倒すのが先か。

『僕の矢が指し示す先を、僕は絶対に違えない。必ず、射貫いてみせる…!』

 春野宮は、強く支えてくれる縁壱の腕の中で、気を失った。

第五話・弐・: テキスト
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