第四話:兄と弟
・弐・
蝉時雨(せみしぐれ)が屋敷を包む。
座す間にじんわりと汗が滲み、誰彼となく拭おうとした時、
「遅くなった」
惣寿郎(そうじゅろう)が引き戸を開けた。
場所は本陣、謁見の間だ。話があると昌輝(まさてる)に呼び出された各柱は、何ヶ月かぶりに全員が顔を合わせた。
「煉獄(れんごく)、こっちへ来ていて大丈夫なのか?」
啖呵を切ったのは、神々廻(ししば)だった。
惣寿郎は「ああ」と言いながら巌勝(みちかつ)の前に座し、
「本家は剡寿丸(えんじゅまる)がいるからな。任せてきた」
「剡寿丸?」
巌勝の視線が、腰を落ち着けた惣寿郎のそれと高さを合わせたようだった。
「巌勝には話したことなかったか、息子だよ」
「え!」
「そんなに驚くか?」
惣寿郎が朗らかに笑う。
「俺が十五の時の子だ。そろそろ元服(げんぷく)を迎える」
「楽しみじゃろ、惣寿郎。顔が笑っとる」
「こいつは何時でも笑顔だろ」
翁(おきな)の言葉に義政(よしまさ)が笑いながら言って、思わず春野宮(はるのみや)も笑った。
「煉獄さんにそっくりなんだよ!」
「怖いほどにね」
雪之丞(ゆきのじょう)が頷きながら言ったのに、春野宮は、顔を見合わせ二人でくすりと肩を揺らした。
巌勝は、
『煉獄(こいつ)にそっくり…』
吟味でもするように、まじまじと惣寿郎を見つめる。
見つめ返した惣寿郎に、神々廻が笑い出し、皆も腹を抱えた。
「ま、あっちの用事は祭の準備だしな! 今夜は皆も来るんだろ?」
惣寿郎に見渡され、残念そうに言ったのは、龍洞(りゅうどう)だった。
「私は里の警備。楽しんで来いよ」
「俺もだ! ヤダ~!」
義政が足を放り出し後ろ手に付いて天を仰ぐ。
「俺も祭は勘弁だ」
巌勝も申し訳なさそうに、だが片手を挙げて、はっきりと拒絶した。
「なんなら替わるぞ? 義政」
「それはそれでダメだろ」
むすっとして言った義政の隣で、縁壱(よりいち)が、口を開いた。
「兄上、行かないんですか?」
『師匠…珍しい声色』
微妙な変化に気付く者は、そうそういない。表情が全く変わらないからだ。
「ああ。お前はゆっくり楽しんでこい、縁壱。そうだな…」
流石に兄は気付いたらしく、ほんの少しばかり考え込む。
「土産を、待ってる」
「はい…」
「そんなに落ち込むな」
『やっぱり、巌勝には分かるんだ…』
思っていると、
「はる」
急にこちらに視線が向いて、焦った。
「師匠を頼むぞ」
「! 任せて!」
にっこりと微笑むと、巌勝が真顔で一つ、頷いた。
『ホント、そっくり。この双子』
性格は、足して二で割れば丁度いいんじゃ? とも思うが。
『師匠、巌勝とちゃんと話すこと、あるのかな? 屋敷を出ちゃったから、分かんないんだよなあ…』
まだ、柱達を呼び出した当の本人、昌輝は現れない。
掌を団扇(うちわ)代わりに煽ぎ出したりと、思い思いになりかけた時、
「そう言えば」
義政が言った。
「今月は十人ほど御前試合だって?」
それは、柱に対する入れ替わりの儀のことだ。甲(きのえ)に上がった者達の中でも、鬼を数多く屠(ほふ)り、腕に覚えのある者達が申請してくる。
「ええ。ただ…」
縁壱が答えた。
「兄上が人気です」
申請が通れば、その者達は、相手に柱を指名することが出来る。
当然、通すかどうかは柱側でも、それまでの戦果を考慮した上で決めることだ。選別には惣寿郎と縁壱、翁が関わっているが、指名があれば、事前に本人に話が降ってくる形になっていた。
よもや、それで負けるようなことでもあれば、即、入れ替えとなる。
『僕にも来てたなあ。三人だったっけ』
顎(あご)に人差し指を当てて首を傾けた時、巌勝の顔が、苦虫を噛み潰したようになったのを目にした。
春野宮は何度か目を瞬かせ、
「面白いよね、普段は師匠に呼吸法習いに来るのに、試合は巌勝なんだ?」
「巌勝は容赦ないからな。先月も、瞬殺されてる奴がいたぞ」
惣寿郎が答えて笑う。
「己の力量がより良く分かって、まあ…手応えがあるんだろう」
「だよなあ。巌勝と手合わせしたいが為に、毎月申請してくる奴とかいるんだろ?」
「えー! そうなの? すごっ」
だが、龍洞は苦笑った。
「そういうの却下してやれよ、煉獄」
「それ!」
と、巌勝が彼を指さす。
「なんで俺だけで、六人も相手しなくちゃならん」
『六人? 僕、三人。てことは、まだあと一人、いるのかな?』
「まあ、そう言うな。はるを狙う奴らより、よっぽど性根が据わっとる」
翁の言葉に、思考が中断された。
「じぃちゃん、そんな言い方ないでしょ!」
頬を膨らませると、皆が笑った。
「御館様には許可もらったから。頸刎(は)ねて瞬殺させてもらう」
「いいね!」
笑った龍洞に春野宮もにっこりと笑みを浮かべ、
「ま、鏃(やじり)は付けないけどね? きちんと布巻いてあげるけどね? じゃないと本当に殺しちゃうから。うふふっ!」
皆のにやにや具合が、なんだか嬉しくなった。
『やっと…やっと僕、一人前になってきたかな! 役に立ててきたかな…!』
龍洞が言った。
「なんか誤解してるよな。はるがなんで柱なのか、考えれば分かることなんだが」
「あ、僕、柱以外と任務行ってないから」
「え、そうなのか?」
とは、雪之丞だ。
彼とも何度か連携を見せた春野宮ではあったが、
『よくよく考えると、惣寿郎や師匠と行くのが普通に多いかも…』
「うん。なんでなのかは惣寿郎に聞いて?」
皆の顔が惣寿郎に見向く。
答えは、春野宮も聞いてみたいところではあった。
惣寿郎は頭を二、三掻いてから、
「下級隊士に楽させたら駄目だろ」
皆の顔に一瞬疑問符が浮かぶが、巌勝が頷いた。
「ああ…なるほど」
初めての任務で、彼は、自身の影縛りの矢を見ているのだ。
「はるが影縫いしたところを頚獲るんじゃ、まあ、勘違いを産みそうだ」
「そうなんだよ…」
惣寿郎が首肯した。
「お前はまあ、縁壱の兄って箔が付いていたからな、最初から。案の定、皆からあっという間に一本取るようになってしまったし」
「ふふふ。もっと褒めろ」
巌勝が不敵な笑みを浮かべて言うと、皆が笑った。
春野宮も腕を組んで、
「巌勝って僕の矢避けないんだよね。技で返しちゃう。それが出来るの、師匠と二人だけなんだよな~」
尤(もっと)も、縁壱の場合は避けて間を詰めてくる素早さがある。
対する巌勝は、間合いを詰めずとも返す一手で広範囲に技を広げ、討ち取れる技がある。
反撃はどちらも避けなければこちらの終わりであることは違いないのだが、そこが、この二人の大きな差だと春野宮は思った。
二人が顔を見合わせる。
「もしかして」
縁壱が言った。
身を乗り出してこちらを見た縁壱に、春野宮も上体を倒して見遣り、手を振る。皆がまた笑った。
「はるが手合わせにしょっちゅう私たちを誘うのは」
「それを打ち破るため、か?」
双子の問いかけに、
「当たり!!」
手を叩いた。
「色々思いつく度お願いしてるんだけど…うまくいかないんだよなあ」
「まるで実験台だな」
神々廻が言って、皆の快活な笑声がまた重なった。
『あれから…夢も見ない。皆の雰囲気もとてもいい』
春野宮は思った。
『このまま行けば。きっと、きっと、あんな未来…打ち破れる。巌勝を鬼にして、なるもんか!』
師匠のためにも。
春野宮は、皆の笑顔に自身のそれも重ね、強く思った。
そっと、引き戸が開く。
皆がはっとして、壇上に身を向け一様に平伏した。
衣擦れの音に重なり、
「何やら楽しそうな会話が、渡殿(わたどの)にまで響いていたよ」
昌輝の優しい声色が降ってきた。
「面を」
直接声がかかり、皆、それを疑問に思いつつ顔を上げると、輝王丸(きおうまる)達の姿がないことに気付いた。
見れば、昌輝はいつもより顔色がいい。ほっとした空気が漂った。
「名が、決まったよ」
「名前…?」
皆の心の声を、縁壱が代表した。
昌輝は頷き、
「今日より、産屋敷(うぶやしき)一族の鬼狩り(子供)達は、『鬼殺隊』と名乗ることにする」
「!!」
咄嗟に義政が龍洞に見向いた。
あんまり勢いよく斜め後方を振り返ったために、春野宮達も釣られて龍洞を見る。
「私たちの演目だったからね! 京(みやこ)の座敷統括達もいい宣伝になるって、快諾さ」
龍洞は得意げに言って、義政に親指を立てた。
「「「何、どういうこと?」」」
複数の似たような疑問が飛び交い、屋敷は再び、談笑に包まれた。
「師匠! ね、早く早くう!」
「はいはい、まだ日暮れ前ですよ。早いですよ、はる」
戸口で足踏みをする春野宮に、縁壱は、おっとりと言葉を返した。
刀置きから日輪刀を手にとって、腰に差す。
動作の途中で、春野宮が話しかけてきた。
「一番乗りしとけば、集まったらすぐ行けるじゃん」
「なるほど」
余程楽しみなのだろうと思うと、こちらの声色も明るくなると言うものだ。
縁壱は、刀の柄(つか)を一度強く押して鞘尻を上げた。袴帯が若干緩んで腰に馴染み、小さく落ち着いた息を吐く。
戸締まりを確認するように部屋を一瞥すると、
『こういう時、はるは、弓を私の屋敷に運んで来ますね』
部屋の隅に立て掛けてある弓袋と矢筒に目が行った。
彼の今日の獲物は、刀だ。ここへ来たばかりの頃は、山城(やましろ)を出たとき身につけていた護身刀と脇差しを指していた彼だが、惣寿郎の配慮でお館様へ話が行き、日輪刀を賜ったのだった。
『ここのが落ち着くのかも知れません。光栄なことです』
室内を見渡し、戸締まりも忘れ物もないと確認する。戸を閉めようと少年の傍に寄ったとき、弽(ゆがけ)だけは、彼の懐(ふところ)に変わらず仕舞われているのだと気付いた。ぷっくりと、膨れているからだ。
『…』
御守のようにそれだけは肌身離さず持ち歩く彼に、何とも言えず優しい眼差しになった。
春野宮はきょとんと首を傾けたが、それがまた愛らしい。
「いいえ。お待たせしました」
屋敷の戸を閉めた。
居ても立ってもいられない様子で駆け出した春野宮の後ろ姿を見ながら門を出ると、それも閉める。錠前を掛けて屋敷を後にすると、春野宮が何度もくるくる回りながらこちらを確認しては先を急ぎ、を繰り返した。
こちらを向く度、「師匠!」と呼ばれているような気がする。
思わず、
「ふふ」
笑みを零すが、日暮れの差し迫った茜の元では、彼が気付く様子はなかった。
里の南の出入り口へ辿り着くと、
「あ。じぃちゃん!」
一番乗りをしていたのは、翁こと鳴柱(なりばしら)・柳生(やぎゅう)但馬守(たじまのかみ)宗厳(むねよし)だった。
飛びついた春野宮を翁がしっかり抱き留める。瞬時に彼の面は好々爺(こうこうや)のそれになる。何やら会話を交わす間にも、神々廻、雪之丞と集って、
「行くかのう!」
翁が言った。
「うん! あ。惣寿郎は?」
「あいつは昼の会合の後、すぐ愛宕(あたご)に戻ったわい。なんだかんだと、楽しみなようじゃな」
「そっかあ」
里を出、京へと繰り出す。
愛宕はその北西の外れに位置するため、のんびりしていては夜も更けてしまう。彼らは呼吸を紡ぎ、一息に山から山を辿った。京の中心を縁取るように駆け抜けて、愛宕へ向かう。皆、足取りが軽かった。
『兄上もご一緒できたら、良かったのに…』
思うが、たまの休暇だ。
物静かで真面目な兄のことだ。こんな時にこそ、ゆっくりとしたいのかも知れない。
次第に、祭り囃子が聞こえてきた。篠笛の高い音に、空きっ腹には響く太鼓の音。粗暴な男共の掛け声が木霊して、賑やかな雑踏が近付いてくる。
「わあ…!」
春野宮の目が輝いて、足が止まった。
「凄いね! 沢山人がいるね!」
愛宕城下の目抜き通りは、両脇に出店、その後ろにも前にも、行き交う雑多な人の波が続く。その中央を、組み分けされた町内毎の山車(だし)が練り歩いていた。引いているのは纏まり毎に同じ法被を着た子供達だ。捻り鉢巻きも背中に刺した団扇も皆お揃いで、春野宮が、
「か。かわいい!」
声を上げた。
その後ろから、
「「えっさあ! よいさあ!」」
と、気性の荒い男共の神輿(みこし)が通る。掛け声と笛の音に合わせて激しく上下する神輿は、声高に鈴の音を打ち鳴らし、辺りを浄化して回った。
「凄い…!」
何度目かの感嘆の吐息と同じ感想を漏らした彼に、
「はる。あまり余所見ばかりしているとはぐれてしまいますよ、気を付けて下さいね」
「うんうん!」
行き交う人は、思うように流れない。皆、練り歩く主役達に釘付けだ。山車と神輿を眺める人の壁がそこかしこにできていて、どこをどう歩いても、一歩行く毎に人にぶつかる。
『はる…!』
小さい春野宮が髪を揺らしながら、素早く人波を抜けた。姿を見失いそうになって、縁壱は手を伸ばした。慌てて肩を掴む。
「はる!」
「師匠」
なに? と振り返った無邪気な顔に、
『消えてしまうかと…思いましたよ』
ほっとしながらも首を横に振る。
そのうちに、
「煉獄だ!」
「愛宕の頭領のお出ましだぞ!」
「煉獄!」
「煉獄!」
一斉に拍手喝采が湧いた。
一際大きな祭り囃子が近付いて来、音頭(おんど)を取る声が大きくなる。街路の民衆も足踏みをして、大地も大気も一つに大きく沸き立った。
彼を連呼する鳴り止まない音頭は、人垣を一層厚く、輪を増やしていく。縁壱達も、あっという間に人の波に飲み込まれた。
「うわあ、見えないよう!」
「はる、いらっしゃい」
飛び跳ねる春野宮に、縁壱は、ひょい。と肩車をした。
「わあああ! 師匠! ありがとう!」
「いえいえ」
言った縁壱の顔まで綻び、神々廻が笑う。
「まるで親子だな」
「年齢的に見えなくもないんじゃ? 縁壱、二十二だろう?」
「無理だよ! 僕十四!」
雪之丞に慌てて反論するが、翁が言う。
「年齢差と言うより身長・体格差じゃのお」
「じぃちゃん! それ言っちゃ駄目!」
皆が笑った。
「あ、ほら、はる。惣寿郎が見えてきましたよ」
「え!」
縁壱の指さす方向に、春野宮が見向く。
一際高いところから、
「惣寿郎だ! 惣寿郎! 惣寿郎!」
春野宮が思い切り、諸手を振った。
仲間達も思い思いに手を挙げて迎えると、神輿の頂点で大団扇を振るう法被姿の惣寿郎がこちらに気付く。愛宕煉獄家、家臣一同の法被は真っ白な布地に裾は紅く染められ、男共が神輿を上下に揺する度、炎が舞い上がるようだった。
沿道の歓声に応えるように、神輿がその場で廻り踊る。一段と歓声が大きくなって、惣寿郎は悪戯っぽくにこりと笑うと、大団扇を大きく上下に振った。
「「「おおおお!」」」
辺りが一斉に湧いた。
惣寿郎の団扇が豪風を巻き起こし、人の壁を薙ぐように渡って行ったのだ。
「あははは!」
頭上の春野宮が思わず頭を掴んで来、縁壱は内心くすりと笑う。
ふと、惣寿郎と視線が合った。胸の辺りで控え目に手を翳す。一段と彼の微笑が明るくなって、頷いたように思えた。
惣寿郎が大団扇で先を指し示す。神輿の男達が掛け声を合わせて、通りをまた練り歩きだした。
山車と神輿が通り過ぎていくと、人々は興奮冷めやらぬと言った感で、通りをまた行き交う。縁壱も春野宮を降ろし、
「凄かったね! 惣寿郎!」
「ええ、そうですね」
「かっこよかった! 人気も凄いね!」
「ふふ。そうですね」
思わず笑みがこぼれた。
皆がはっとしてこちらを見てきたのに、拳を口元に当てると、軽く咳き込む。胸の高鳴りを必死で押さえた。
空いた片手を春野宮に掴まれ、
「ね、師匠! お土産買うんでしょう? 巌勝に」
「あ、はい」
「何にするの? 出店いっぱいあるよ」
瞳を輝かせた少年に、やんわり微笑む。
翁が言った。
「そうじゃの! 一旦別行動にするか。儂(わし)らも酒樽買うじゃろ、神々廻。戻ればどうせ宴会じゃ」
「そうですね。梗岢(きょうか)には聞いて下さいましたか?」
「無論じゃ! あいつ、いっちょ前に高い酒言いおってからに」
「ま、宵柱(よいばしら)就任の祝い酒ですから」
「主も巌勝には甘いのう!」
「雪は? 一緒に行く?」
春野宮が言うと、雪之丞は少し考えてから、
「そうだな…俺は翁たちと一緒に行こうかな。肴(さかな)ももちろん必要だろうけど、何より荷物持ちがね」
「雪。助かるぞい!」
一同『翁は持つ気はないな』と思い巡らせ顔を見合わせる。笑声が重なって、雪之丞が腰に両手を当てて苦笑った。
ほっこりと胸奥が温かくなるのを感じながら、縁壱は言った。
「では、半刻後くらいに、この先の煉獄家の給水場で待ち合わせにしましょうか」
「それはいい。惣寿郎にも会えるしの」
「また後でね!」
「はる、縁壱の手を離すなよ。迷子になるぞ」
「もう! 何時までも子供扱いなんだから!」
神々廻の言葉に頬を膨らませて言うと、皆が笑った。三人が先に行く。
「では、私たちも行きましょうか」
「うん!」
と。
「はる~!」
遠くから、甲高い声が聞こえた。
耳慣れた、明るい声だ。
「…剡(えん)!?」
縁壱は春野宮と一度視線を合わせた後、慌てて幼子の傍に寄った。一歩歩く毎に大人の波に揉まれて押される剡寿丸と、二人は、救助するような形で合流したのだった。