特別編:聖夜
~椿の章~
『ああ言うのって、女の子がするもんじゃないの?』
時折手元を止めて頭を抱える巌勝(みちかつ)の横顔を見ながら、矢琶羽(やはば)は思った。
彼の頭上を越えて壁の時計に視線を飛ばす。時刻はそろそろ、午後三時(申の刻)を回ろうとしていた。約束の時間は五時(酉の刻)だったはずだ。
『確か、プレゼント受け取ってから行くって言ってたよな』
道すがら、ショッピングモールに寄ると昨晩話していたのを思い出して、矢琶羽は視線を彼に戻した。
「巌勝さん。そろそろ時間。大丈夫?」
「あ?」
彼が一度、頭を上げた。
片手で頭を掻きながら、時計を見上げる。眼鏡が鼻からずり落ちた。顔が痩せこけたように見えた。
『珍しいな。巌勝さんのこんな表情(かお)』
内心笑みを零した。矢琶羽はテーブルを挟んで彼の正面に陣取ると、身を乗り出した。上半身がテーブルに乗る。
「何をそんなに悩んでいるわけ? 縁壱(よりいち)さんならさ、巌勝さんから貰った物、何でも喜ぶんじゃないの?」
「あ、いや…お前からそんな言葉が出るとはな」
溜息一つ零しながら、彼が面を上げた。
眼鏡を押し上げる姿に、
「縁壱さん見てたら誰でも分かるよ」
矢琶羽は快活に笑った。
「…そう言うもんか」
「だと思うけど? で?」
「うーん」
珍しく巌勝が首を傾げて視線を落としたのは、プレゼント用の箱にクッションに、リボン。
贈り物が贈り物だけに、自分で整えるしかなく、それ用の材料をとにかく買ってきたようだが、
「色。組み合わせに迷ってな」
「え」
と、矢琶羽は目を丸くした。
『細かすぎだろ』
口元に手を当てて笑みを堪えると、巌勝の鋭い眼差しが届いた。咄嗟に笑い収めて真顔になる。
『面白いなあ、ホント。二人』
巌勝が言った。
「紅(あか)で揃えたいと思ったんだが、そうすると贈り物の色と被るだろう? かといって、白じゃなんか正月みたいだし、緑や紫だと濃すぎるじゃないか」
「あはは」
「矢琶羽…」
「っとと…。そうだね、ん…縁壱さんかあ。黄色は? 太陽のイメージ」
「黄色か…!」
「緑を差し色にしてさ、クッションであったかい大地を作るような」
「なるほど。って、黄色あったかな?」
『手元乱雑になるほど悩むなんて。相当だなあ』
矢琶羽も巌勝と一緒になって、テーブルの上を漁った。いつも整理整頓されている巌勝からは想像もできない荒れ方だ。かなり底の方から薄い色合いの紙糸がごっそり出てきて、
「明るめの方がいいかなあ」
矢琶羽は、クリーム色より、よりはっきりとした黄色を選んだ。
「オレンジもいいな」
巌勝の顔に笑みが戻る。器用に小箱に混ぜ入れていく様を見ながら、
「あ、いいね! すっごく綺麗」
「包装やリボンは緑と赤にするか」
「うんうん、よりクリスマスっぽいね」
「だな!」
決まると巌勝の手際は早かった。
『元々器用なんだよな、この人。努力家だし』
矢琶羽は両肘を付いて顎を乗せ、彼の様子を眺めた。
小箱に収められた贈り物がなるべく動かないように、素早くキャラメル包みをしていく。
出来上がった物を片手に乗せて見せてくれたとき、二人等しく、満足げになった。
「なんか、可愛いなあ」
思わず呟くと、
「だろう?」
「いや、巌勝さんが!」
得意げにプレゼントを掲げた巌勝に、矢琶羽は声を立てて笑った。
「まあ、確かにそれも可愛いんだけど!」
「ああ」
と苦笑した巌勝は時計を見上げて、
「悪かったな、急いで支度しよう」
「うん!」
矢琶羽は軽快に椅子から飛び降りた。足早にダイニングを出るところで、
「片付けは後! モールにも寄るんだろ?」
テーブルを振り返った巌勝に気付いて言った。
「きっと凄い人出だから急がないと、間に合わなくなるよ?」
巌勝が何とも言えない顔で笑みを零し、「そうだな」と頷いて後に続いてくる。
背中に彼の静かな声が届いた。
「しっかりしてきたな、お前」
「巌勝さんは、縁壱さん絡むとポンコツになるの、俺は初めて知った~」
「おい、矢琶羽!」
ちょっぴり首を回して言うと、巌勝が羽交い締めにしてきた。
「あはは!」
軽く体重を預けて笑うと、巌勝の嬉しそうな笑みが真上に見えた。
ピスタを走らせて、新胡桃市(しんくるみし)のショッピングモールへと向かう。
買う物は事前に決済を済ませ、受け取るだけだと知った。が、なかなかどうして車の進みは遅く、桜町(さくらまち)の通りを抜けるだけでも至難だった。
小さく溜息を吐いた巌勝の横で、矢琶羽は、
「ねえ」
と、話しかけてみる。
巌勝が「ん?」と気持ちだけこちらに寄せてくれたのを見ると、問いを投げた。
「巌勝さんと縁壱さんてさ、昔から仲良かったの?」
「…お前には、そんな風に見えるのか」
「うん。双子だし、やっぱ似たような感覚になるわけ? 顔もそっくりで面白いよね」
「そうだな…」
巌勝の顔が真顔になった。初めは複雑そうに色を添えたそれも、遠く見つめて間を置く長さに伴って、柔和になっていく。
『優しい表情になると、縁壱さんそっくりなんだよな。気付いてないのかな?』
巌勝が言った。
「今みたいに話すようになったのは、俺がお社(やしろ)を出てからだな」
「そうなの?」
「ああ。親父が身罷(みまか)って、暫くは、社は二人で回してたんだ。だが、互いに口を利くことは稀でな。開けば互いに、どっちがお社を継ぐかで揉めて…」
「へえ…」
信号が赤になった。
ちっとも動かない車に巌勝は、ハンドルに両腕を乗せると顎をついた。
眼差しは遠く、信号機を超えた向こうに飛ぶようだ。見つめていると、不意に、小さな笑みがこぼれて、
「そもそも、縁壱があんな風にいろんな表情を見せてくれるようになったのは、きっと、胡蝶(こちょう)姉妹のお蔭だな」
「え?」
驚きを小声に託すと、巌勝が身を起こした。
こちらを向いて笑った顔は少し悪戯っぽく、
「あいつら、まだ見習いなんだぞ、巫女。知ってたか?」
「あ、いや。てっきり、継国(つぎくに)神社(さん)の専属かと思ってた。京(みやこ)にも一緒に行ったじゃん」
「そうだな」
巌勝はまた前に見向いて、信号に合わせてシフトチェンジをする。
「縁壱が二人を認めてるみたいだからな。他のアルバイトと違うのは確かだ。二人もそれなりに自覚があるようだし、彼女らの進路や希望については、縁壱に任せるつもり…お。動いた」
彼は車を走らせた。
新胡桃市の大通りへ入ると、車線が増えてスムーズになる。軽快な走りに巌勝の声色も明るくなった。
「何年前だったかな。胡蝶姉妹は元々、幼い頃からお社に行儀見習いに来ていたんだが…」
巌勝の眼差しが、遠く、過去へ飛んだ。