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​第壱話:白詰草

・参・

 ~躑躅の章~

「さて…。これは確かに、兄上にも話を聞いて頂かないと。私はほら。見えないので」

 縁壱(よりいち)が「ふふ」と笑うと、カナエはくすくすと笑みを零した。

「ほんっと、面白いわねぇ、二人。縁壱さんは見えないのに神主してるの?」

「ちょ。失礼よ、姉さん」

「今更じゃない~。失礼って言う方が失礼じゃない?」

 姉妹は顔を見合わせ、「ん?」とまるで鏡に映ったように首を傾げた。

 その様子に縁壱が微笑む。

「まあ、兄上は見えるからこそあまりここでは生活したくないのでしょうし、私は見えないからやっていけるのかも知れませんよ?」

「…」

「まあ、音は聞こえるんですよ。流石に。深夜ですけどね」

「! ちょっと待って。縁壱さん。話逸れてる逸れてる」

「え~、いいじゃない。怖いお話大歓迎!」

「しのぶ! やめて」

「音がしている方向にいるとは限らなくてですね…」

「縁壱さん!」

 いよいよカナエの声が悲鳴になったところで、二人は声を揃えて笑った。

「ん~…」

 と、縁壱が室内の時計を見上げる。

 二人も釣られてそちらを見てから、しのぶが言った。

「古書堂。行ってみる?」

「その前に、一本…電話してもよろしいですか?」

「あ。言ってたね、 うん。もちろん」

「ありがとうございます」

 縁壱は部屋の隅に中腰のまま移動すると、アンティーク電話の受話器を取った。ダイヤルに指を通し時計回りに回す。何度かそれを繰り返すと、受話器を耳に当てて時計を見上げた。

『一、…二…』

 相手のコールを数える。三回目に差し掛かったところで、繋がった。

『朝早いぞ。出勤中!』

「あ。悲鳴嶼(ひめじま)さん。おはようございます」

 相手の声色に対し、のんびりとした声だった。

 何やら悶々とした感情が伝わってくるが、気にする縁壱ではない。

「今いいですか?」

『いつも人の話聞いてないよな、お前。普通、掛け直します、っていうんだ、こういう場合』

「時間がないので」

『じゃ、聞くな! ったく。だからお前ら双子は嫌なんだ』

「まあそう言わず」

 縁壱の片言を聞くのみだが、後ろで姉妹が見つめ合った。お互い、

『なんか悲鳴嶼さんと話噛み合ってなくない?』

 という顔をしている。

 思わず二人、肩を揺らして笑いを堪えた。

「約十年前の事件…だと思うんですけど、知りたいんです」

『十年前?』

「ええ。多分継国の管轄内だと思います。行方不明になった女の子がいないかなって」

『お前らの管轄って言ったら相当広いだろう。それだけじゃなんとも言えんぞ』

「名前なら分かります。竹井(たけい)紅葉(もみじ)さん」

『分かった。その名前で調べてみるから、折り返しを待ってくれ』

「これから出るので、携帯の方にいいですか? しのぶさんの」

『……いい加減、文明開化を迎えろ』

「宜しくお願いしますね」

『人の話を聞け。何度言えば分かるんだこいつは…』

 念仏を唱えるが如くぼやき始めた行冥(ぎょうめい)に、縁壱はしれっと受話器を置いた。如何に丁寧に置こうとも、相手にしてみれば用件を言うだけ言って切られたわけで、面白くはないだろう。

 だが、縁壱は涼しい顔で二人に振り返ると言った。

「しのぶさん、悲鳴嶼さんから電話があると思うので、その時は宜しくお願いします」

「分かりました」

「さて…」

 立ち上がる。

「それでは、兎にも角にもその神社へ行ってみましょうか。途中古書堂に寄って、兄上にも手伝って貰いましょう」

「そうね!」

 しのぶも立ち上がる。

 縁壱は軽く頷きながら、少し離れた場所へ歩を進め、刀置きから日輪刀を手に取る。箪笥からしっかり布地の太刀袋は取り出すが、

『『これはこれで、危険人物よね』』

 姉妹は同じ事を思った。

 カナエも立ち上がり、三人、継国神社を後にする。まだ朝は、七時(辰の刻)を過ぎたところだった。



 継国山(つぎくにさん)を下りて、麓は南の参詣通りから町中へ、そうして東の町の外れへと移動していく。

「麓は暑いですね…」

 縁壱は長い袂で額に滲む汗を拭った。

 格好が格好だと思う、とは、言えない。小さく「そうね」とカナエが答えると、しのぶが「ふふ」と笑った。

 巌勝(みちかつ)が営む古書堂は、町の端は端、あまり人通りのない場所にある。

 他人との付き合いを好まず、ひっそりと暮らしたがる兄だ。

 ――――「それなら神社を継げばいいと思います」

 喧嘩のきっかけは、いつもそれだった。

 何度も堂々巡りの話になるのだが、その日は違った。いつになく冷静に、巌勝が、

「それなら聞くが。俺がこの神社を継いだらお前はどうするんだ」

「それはもちろん。兄上の傍にいます。やっと閻魔様(えんまさま)に赦されたのですし」

「鬱陶しい…」

「はい? なんですって?」

「一人がいいと言っている。だから、俺が出ていくんだ」

「それなら私が出て行きます。それでいいでしょう」

「しょっちゅう帰ってくるだろうが。そのうち居着くだろ!」

「…見抜いてますね」

「真顔で言うな。ってか、そうする気だったのか」

「早い話がそうですね」

「……」

「……」

 二人顔を見合わせて、間が開く。

「兄上」

「なんだっ!」

「もう、『あの頃』とは違います。誰がなんと言おうと、…いえ。兄上がなんと言おうと、私は傍にいますよ」

「………」

「地獄で反省しましたか?」

「一言余計だ!!」

 この時、

『頑固なのは変わりませんね…』

 と縁壱が思ったのとは別に、

『こんな強引な奴だったのか?』

 と、巌勝の方は発見があった。…のだが、縁壱はそんなことは露にも知らず。

『私だって、あの頃、無駄に六十年も年を重ねたわけではないですからね。それなのに、あの時諦めて…兄上を救えなかったこと。あれは、私の罪…』

 結局、神社は縁壱が継ぐことになり、巌勝は麓で古本屋を開くことにしたのだが、なんやかやと、二人は行き来をしている。

 古書堂へ着くと、きっちり戸締まりされた店を眺めて三人は居並んだ。

「いないようですね…」

 縁壱が呟くのと等しく、しのぶは裏手へ回った。インターフォンを押すが反応はなく、静まり返る。奥のガレージがきっちり閉じているところを見ると、車では出掛けてはいないらしい。

 数分置いて縁壱達に合流するが、眼差しを貰ったしのぶは首を横に振った。

「仕方ありません。神社に先に向かいましょう。何処でしたか? 町内から連絡のあった神社は」

 歩き始めながら縁壱が言うと、しのぶが、

「丁度町を挟んで反対側…」

 肩を落として言った。

 カナエが続ける。

「隣町との境の、三輪(みわ)神社よ。大通りに出てバスを拾った方が早いかも」

「そうですね。そうしましょう」

 三人は、古書堂を後にし近くのバス停へ向かった。

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