宵待ち月 風の調べ
第壱話:漣
・弐・
酒を酌み交わして、談笑する。
こういう時の談義は決まって、刀の話、技の話、鬼の話ばかりだ。
笊が揃うと止めどがない。一頻り会話をして、思い思いの時間を過ごし始めた。
日輪刀を愛しげに見つめ――己の道具でと言うところがまた腹立たしくはあったが、彼ならばまあ仕方がない――手入れを始めた義政(よしまさ)の脇で、巌勝(みちかつ)は、書物を広げた。
「お前、好きだよな。本」
「まあな。それに借り物だし。ずっと借りっぱなしもよくないだろう」
「あ、ジジイの?」
「言い方。柱最古参の鳴柱だぞ。せめて『翁』と」
「そのじっちゃんが咎めないんだからいいんだよ」
「どういう理屈だ」
目が据わった。
じと。と見ると、悪びれる様子もなく笑顔を見せる。
『そう言えば、里には幼い頃、翁に救われ招かれてきたんだったか…義政』
あの日に聞いた話を思い出して、巌勝は慌てて顔を逸らした。昂ぶった鼓動を落ち着けるように、書物に目を通す。
だが、一向に、内容が入ってこない。
あの日のことが色鮮やかに思い出されて、股間に熱を帯びた。
「巌勝」
刀を鞘に収め、届いた声色にどきっとした。
落とした視線はそのままに、
「なんだ」
低く尋ねる。
書物の行間を追うほどに間が開いて、
「…する?」
小さく響いた問いかけに身が震えた。
どこかで期待していたのだろう、震えは悦びなのだと気付く。身体は理性より正直だった。
「……しない」
声を絞り出した。
燈台の灯りの一つが、揺らいだ。
「え?」と思いそちらを見向いた瞬間に、室内の橙色は、一段深く闇に沈んだ。
「消すな、義政。読めなくなるだろ…」
最後まで言い終わらぬうちに、義政の顔が迫った。
仰け反って後ろ手に付いたとき、
「髪、降ろしてるじゃん」
彼が耳元で囁いた。熱い吐息が耳朶に掛かり、そのまま甘噛みされては溜まらず声が漏れる。
「んっ…」
「いい声……」
彼の手が襟元から忍び込んで、肌を撫でた。触れるか否かの優しさにゾクッとして、熱が下に移動する。
「義政…!」
「言ったろ? したくないなら結んどけって」
首筋に舌を這わせながら、彼が言った。
ゆるりと肩から着物が剥がされていく。
「『あの日』、最後に約束したじゃん」
「これは…っ、たまたまだ! 湯浴みをしたから…」
「俺が今日、非番だって事は知ってたろ」
「っ!」
指先が乳首に触れた。恥じらいと怒りがない交ぜになって、溢れた感情に心が追いつかなくなった。思わず両手を彼の肩に付き押しやろうとしたとき、彼の全体重が自身に掛かった。支えていた手は今は床(とこ)になく、「あ」と思う間もなく押し倒される。
「義政!」
悲痛な声になった。
「ぞくぞくする…お前のその顔」
素早く帯が外された。衣擦れの乾いた音が耳に響いて、はらりと着物が開(はだ)けた。彼の目に自身の裸体が映り込む。
「嫌なら拒めばいいだろ」
言いながら脚を掴み、強引に股を開かせた彼に青ざめた。
拒む…。
『それができたら、どんなにか』
「いいのか? 好きにするぞ…ここをさ」
「ひあっ!」
前戯もなく入り込んできた指の関節に、大きく身体が波打った。
硬く膨れあがった一物を、もう片手が優しく撫でていく。
「や…め、やめろ、義政!」
「頑なだなあ。どっちだよ」
にやりと笑った彼の指が、中を弄り内壁を押した。ちょうどとある臓物のある所だ。
「いあっ! 痺れる! やめ、やああっ…」
芯を突き抜ける電撃のようなものが、脳天まで貫いた。
前立腺をトントンと押してくる彼の指に、声が上がる。吹き出るものを堪えようと、剥がれた着物を強く掴んで、身体が弓なりになった。
「ほら、気持ちいいだろ? 出しちゃえよ」
「あっあ! あんんっ」
『も、無理……!』
一斉に、潮を吹いた。
「巌勝…」
満足げな彼の声が聞こえた。
漏らした音と匂いに目を合わせることができず、込み上げてくるものを必死で堪えて身を折る。目尻に涙が溜まり、呼吸を整えるので精一杯だった。
「巌勝」
四つん這いになって囲った彼の顔がすぐ上にあって、一層闇が深くなった。
「する気になった?」
「…馬鹿を言え!」
「ふは!」
にこっと彼の相好が崩れて、頬に手を当てられた。指から匂いが漂って、一層涙が滲む。だが彼はそれには一向に構う気はなく、
「一緒の休みでよかったな」
「!」
口付けを浴びた。
「馬鹿野郎……」
くす、と笑った彼の身に、両腕を回した。
舌を絡ませねっとりと深く繋がる互いの呼吸が、少しずつ乱れていった。