夢てふものは
たのみそめてき
・参・
「っは…!」
びくんと、縁壱が大きく反応した。
漆黒の闇の中、ストーブの灯りに身体が艶(なま)めかしく浮き上がって、巌勝は息を飲んだ。長い髪が揺れて顔に影を落とし、
「兄上…」
囁く吐息がまるで悪魔のようだ。
「…」
反応を見るように胸を弄ると、小さく呻いて縁壱は、きゅ。と目を閉じた。
見られないならその方がいい、そんな事を思って、ゆっくりと身を寄せる。口付けてそのまま胸を弄ると、喘いで開いた口に舌を入れた。
「んっ…! はぁ…」
縁壱の両手が背中に回った。
かかる重みがまるで誘うようで、淫靡(いんび)な音を立てて喉奥を犯す。
苦しげに吐息を漏らしながら身を撓(しな)らせる弟の背中に片腕を回して軽く持ち上げると、胸が張って乳首が美味そうに立った。
「兄上っ…! あ。んんっ」
悶えた身体から着物が落ちる。乾いた音は、一度、炎を爆(は)ぜらせたストーブの音に消え、縁壱の身体に揺らめく影を落とした。
黒白の肌を舌で辿り、乳首を転がす。じんわりと身体の奥に熱が点(とも)ったようで、外からも炎に当てられ次第に火照(ほて)る。映り込んだ炎の色を辿るように肌を撫でると、
「は…んんっ…」
縁壱の腕が自身の着物を強く掴んで来、いじらしく感じた。
漏れ出る声を忍ばせて顔を逸らした縁壱の、大切なそれを肌着の上から指で押す。
「あん!」
大きく跳ねて、掴んだ着物がずれるほどに腕が浮いた。
立ち上がる筋を撫でて服を降ろし露にさせると、
「兄上…!」
耳元で縁壱が泣きそうな声色で言った。
「…どうした?」
「あ。あ。あ…!」
竿を掴み、亀頭を親指で弄る。漏れ出た透明な汁を指で伸ばしなおも弄ると、縁壱の吐息が甘く蕩けていく。
「気持…ち、い…っ…」
無意識に放たれた言葉に笑みが零れた。縁壱の目尻から雫が一つ零れて、何度も甘い溜息が漏れる。
「どうして欲しい…」
微かに語尾を上げて囁くと、
「もっ…と…兄上…!」
彼の泣くような声で言った。これほど従順な弟を、これまで見たことがなかった。
唇を舐めながら、竿を根元から強く扱(しご)く。
「ぁあん!」
刺激に耐えきれず声が漏れて、上下に揺する度、喘ぐ縁壱の焦点が快楽に溺れていった。淫らな吐息が熱を帯び、腰が捩れる。求められるままに激しく扱くと、
「兄上っ…!」
縁壱は、鳴いて果てた。
「縁壱…」
溢れた汁を指で掬い、穴に割り入れる。
「っい! あん!」
身を起こして脛を掴み股を広げさせると、縁壱は、乱れた着物を皺を刻むほどに強く掴み、悶える。
ゆっくりとほぐし、塗って、を繰り返して、もう片手で萎れた一物を捩るように握ると、
「んあ! あああ!」
縁壱が仰け反り天を仰いだ。
驚いてぱっくりと開いた穴に指をねじ込む。中指の関節が通る度に縁壱の身体が震え、鳴き声が漏れた。内壁を押し広げる度に呼吸は荒く、身体が撓る。
あっという間に、竿がまた起き上がった。
「あっあっ…!」
痛みと快楽とに鬩(せめ)ぐ声に支配欲を駆り立てられる。指をもう一本増やそうとすると、流石に縁壱が激しく首を横に振った。
「ダ、メ…っ、無理です…兄上…! や…!」
指を突っ込んだまま竿を弄る動きは止めて、荒い呼吸を振り乱す縁壱を上から眺める。
彼の手首を取り体重を掛けて強く押しつけると顔を近づけて、
「無理…か?」
にやりとほくそ笑んだ。
生ぬるい内側の、肉を押し指を回すとその度に、目の前で縁壱がよがった。喘ぐ度に口元がだらしくなくなって、涎が零れる。
人差し指をもゆっくりと差し入れて抉ると、
「いあ! ああっ! 兄…っ」
打ち上げられた魚のように身が跳ねて、縁壱の瞳から涙が溢れた。
押さえつけた腕が反射で力む度に、許しを請われているような気すらする。
結腸近くまで二本の指が到達すると、縁壱の身が痙攣して失神しかけた。
「縁壱…。縁壱」
耳元で何度も囁き、意識を現実に引き戻す。
泣いて「兄上」と呼んだ声はひび割れて縋るようだ。
『…』
仕方なく、ゆっくりと指を引き抜く。
「あっあ…! あああ…!」
密着した内壁が引き摺られるように指を追って、縁壱の喉が痛みとも悦びとも着かぬ声を発した。
「気持ちいいのか…?」
「兄上、兄上…!」
困惑した声だった。これまでにない感覚がその身を襲っているのであろう事が、表情から分かる。
荒く息を吐きながら涙目で見つめてくる弟に、どきりとした。下が力んで、むくりと起き上がるそれに一瞬、耳朶まで朱くなる。
「……」
指を再度差し入れて中を広げると、縁壱の身体は、今度は拒まなかった。
指を飲み込みねっとりと包み込んで来、
「あああ…!」
縁壱が泣いて縋ってくる。
覆い被さるように身を寄せると、喘ぎ片手を背中に回そうとしてきた。だが、一度指を抜いてその手も取ると、頭上に押しつけた。
「兄上え…!」
意図を察したのか、縁壱は涙を零しながら傍にあった着物をたぐり寄せ、頭上で強く掴む。
それは最早、承諾と同じだ。
身を起こし、指を三度差し入れる。粘膜が痛まないようにゆるりと動かすと、縁壱の声色は蕩けて褥に流れた。
角度を変えて、中を弄る。
弄(まさぐ)られる感覚に、縁壱が時折激しく頭を振りながら嬌声を上げた。
「ここか…?」
突き止めた場所を強く押すと、
「ひあ! やあああ! 兄上! 兄上…!」
縁壱の背が弓なりになった。
勢いよく射精して、どっと力が抜ける。
軽く身をくの字に折って荒い息を繰り返す弟の片足を掴み、膝を折って股を広げさせる。
「!」
未だ痙攣したままのその身に、後ろから、自身をゆっくり差し入れていった。
縁壱が声にならない声を上げて、横になった身を弓なりにさせる。
「あっんあ…はあっあ!」
繋がるその身を後ろから抱いて、脇下から抱えるように抱き寄せると、縁壱が喘ぎながら軽く後ろに首を回した。
「縁壱…」
口付け喉奥を舐る。
「んっ! ん…んん!」
腰をゆっくり動かすと縁壱の呼吸が乱れ、喉が大きく鳴った。
喘ぐ自由を与えず、より深く貫き腰を入れる。その度に密着した身が震え、淫らに溺れていくのが分かった。
顔を放し、
「兄上…!」
蕩けた表情に答えるように、竿に集中する。
腸を突くように一度、勢いを付けて貫いた。
「あんんっ!!」
縁壱が声を上げる。
「あっあっあっあっ」
どれほど艶やかな嬌声を上げているのかも、分からないままなのだろう。
『こんなに愛(う)い奴だったとはな…』
求められる度に奥底へと貫き落として、巌勝は、鳴き疲れて寝落ちた縁壱の隣に座した。片膝を立てて口元に当てた手が、
「煙草…」
淋しそうに揺れた。
辞めたんだった、と深々と溜息を吐いては時計を見上げ、夜明けの近いことを知った。
一足先にシャワーを浴びて床に戻ると、縁壱が目を覚ましたところだった。
「……無理をさせた」
床に正座をして、じっ。とこちらを見つめては瞬間湯沸かし器の様に湯気を立てた縁壱に、真顔で言う。
「悪かったな」
「…………いえ」
十分すぎるほどの間を開けて、縁壱が俯いて言った。
面がまるで、雪国の熟れた林檎のようだ。
「…ぷ」
思わず口元に手を当てて、顔を逸らした。
途端、
「兄上!」
と必死な声が上がったが、後に続く言葉はない。気持ちの整理が付かないのだろう。羽織った着物を固く掴んで、その場に正座したままだった。
バスタオルを頭から被り、傍に寄る。片膝を付いて顎に手をやりこちらに顔を向けさせると、
「…兄上」
驚いて呟いた口元を己がそれで塞いだ。
「………」
ますます言葉のない弟に、立ち上がると髪を乱暴に拭きながら、
「そろそろ準備しなくて大丈夫か」
「!」
「登ってくるぞ。県警の奴ら」
「あ…ええと…」
「服とか一式運んでやるから、早く浴びてこい。…昼は? 仕出しが来るんだよな?」
話し、問いかける度に縁壱が何度も首を縦に振る。
襲いかかる現実に少しずつ慣れていく様子で、縁壱は、立ち上がった。
「っ」
その身がふらついて、一度頽(くずお)れる。
思わず傍に寄ると手を添えて、
「……気持ちよかったか?」
耳朶を甘噛みして囁いた。
「兄上!!」
「ははは!」
ほら。と手を出し、ゆっくりと立たせる。着物を軽く纏わせ帯で締める途中で、そ…と、抱き締められた。
「…縁壱」
「兄上が好きです。大好きです」
「…知ってる。何度も言ってるだろう」
「だから今度は、いなくならないで下さいね」
「!」
「今度は許しませんからね。絶対。道を外れたら…全力で殺します」
言い方。
思いつつ、笑みが零れた。多少、苦味が混ざった。
『四百年前に、そうして欲しかった』
それは、呑んだ。
今は、もう。大丈夫なはずだ。
「……分かった」
軽く両腕で包み直して、帯を締めてやる。
「ほら。行ってこい。社務所には俺が残るから、奴らの面倒見ている間はこちらは気にするな」
「…はい」
ありがとうございます。
そう言った縁壱の表情は、いつになく晴れやかだった。
見たことのない表情だった。
多分な想いが過ぎっては心の水面を掠めていく。だがそれは、あの頃のような、痛みや怨嗟を伴う物ではなかった。
「…」
何気なく、ぽり…と頭を掻いて、バスタオルを首に掛ける。
『今日は神主の正装でいいんだよな…?』
思い巡らせたのは、あの頃の辛い日々ではなかった。
それが何よりの答えだと、巌勝は思った。
夢てふものは たのみそめてき・完