夢てふものは
たのみそめてき
・壱・
継国山(つぎくにさん)は八合目に、継国神社がある。
標高二〇〇〇メートル級の山だ。霜月(しもつき)には閉山になる。しかし、年末年始は余程の悪天候でも無い限り、神社は開けなければならなかった。県警のお偉い方と若い衆が、精神鍛錬を兼ねて山を登り、年始の挨拶と宿泊祈願に来るからだ。
神主(かんぬし)の縁壱(よりいち)が社務所(しゃむしょ)を開けるのは、その二日前。一通り神社の様相を整えて置くわけだが、流石にロープウェイが動くのは二年参りの間だけだ。裏の林道をトラックで、上がらなければならなかった。
『せめて今日は、お弁当を持たせてあげなくちゃ』
縁壱が登るのは、日が昇ってからだ。
あちらで不便がないようにと、できるだけ沢山の作り置きを持たせてあげる。もう何年と、続けていることだった。
夜明け前から起き出したうたは、もこもこのセーターにエプロンだけ羽織って、忙しなく準備し始めた。
米は炊けている。
卵焼きなどフライパンが汚れにくいものからおかずを作っていく傍らに、
「うた」
いつの間にやら彼が立った。傍らまで来ると、彼の着物が衣擦(きぬず)れの音を立てるのに気付く。
「ごめんなさい、起こしちゃったかしら」
「いえ。それはいいんです」
『あ。起こしちゃったのね』
ごめんね、と心の内で苦笑う。
そ…と背後から抱き締められて、少し困惑した。
「あなた、火。…と包丁。使ってるから」
危ないわよ、と伝えるが、縦にも横にも逞しい彼の懐にはすっぽりと収まってしまう。頭上に彼の顎が乗って、微かな重みを感じた。
「毎年、年末年始を一緒に過ごせなくて。すみません…」
「いいの。分かってて結婚したんだから」
「うた…」
「…淋しいの?」
「はい」
いつでも優しい彼は、とても素直だ。
思わずくすりと微笑んで、「仕方ないわね」言いながら、手を伸ばしレタスを真水に通す。キン、と冷気が指先を伝って、「冷たっ」と一瞬跳ね上がった。
「…」
その手に手を重ねられ、暫く一緒に、流れる水に浸した。やんわりとレタスを取られて、
「え?」
驚いて微かに首を回す。
縁壱を見上げたとき、耳に、蛇口を押さえる音と縁壱の吐息が重なって聞こえ、唇が触れあった。
「あなた…」
戸惑いを隠せなかった。
「縁壱。二人きりの時は、名前でと。いつも」
「…縁壱さん、」
呟いた二度目の声は、縁壱の喉奥へ吸い込まれた。重なる唇に吐息が混ざって、舌が割り込んでくる。
「んっ…」
絡め取られたのはそればかりではなかった。
のし掛かるように抱いて腰に手を回して来た縁壱に、見上げるべく捩った身が辛い。思わず全身でそちらを向くと、遠慮無く、彼の片足が股に割り込んできた。
「ま。ま、待って…っ」
赤らむ面で懸命に告げる。
漏れた吐息は既に甘ったるく、縁壱の真っ直ぐな瞳に心の臓まで大きく揺れた。
つい、顔を背けた。
「今日は、ダメ…」
お役目があるのだから。と、心の内で思う。
だが、彼は、こう。だと思うと、割と人の話は聞かない。それでいつも兄の巌勝(みちかつ)と口論になっているのを、目にするのだ。
案の定、
「そろそろ二人目。作りましょうか」
「! だから、今日は…登るんでしょ? これから。行かないといけないでしょ?」
「そうですが、まだ時間はたっぷりあります」
「そう言う問題じゃなくて…」
「うた」
割と強い口調が返ってきた。
二度目の「どき」は、
「ひゃあ!」
急な視界の高さの変化で、驚きに変わる。
軽々とお姫様抱っこをされて、「このまま」と気付いたときには、咄嗟に腕を伸ばして鍋の火を止めた。
「いい子ですね」
やんわりと微笑んだ縁壱の面が、邪推して見えた。
額に振ってきたキスに、瞬時に顔が真っ赤になった。
耐えきれなかったのか、縁壱に連れられたのはすぐ隣のリビングで、ゆったりとしたソファにそのまま傾れ込むと、バネに跳ねる身を彼の大きな手が脇を掴んで押さえ、びくりと収まった。
「縁壱さんっ…」
「うた。愛してます…」
ずっと。
最後の言葉は、口付けにまたかき消された。
淫靡な水音を立てながら絡み合う舌に意識が取られ、遠く、エプロンの解ける音が聞こえる。
それはそのままに、衣類の下から肌に触れた彼の手が思いの外冷たく、
「っは…」
思わず身が震えた。
「可愛いですね、うた…」
潤む瞳で見上げた彼の、長い髪が肩から落ちて影を落とした。リビングの大きな窓から光の帯を投げかけて来た朝日は簾(すだれ)のように遮断され、籠の中の鳥のようだと感じる。
こんなことになるとは思ってもおらず、裸体にセーター、エプロンとラフな格好でいた自分が恨めしい。
縁壱の指先はすぐに小さな胸の蕾に触れて、
「んっ…」
きゅ。と、目を閉じた。
指先で転がされる刺激に身体の芯が熱を帯びていく。
「あ、は…!」
あっという間に服は脱がされ、彼の乱れた着物の隙間からは厚い胸板が見えた。
「うた…」
「っ…」
身を重ね、耳元で囁く縁壱の声は、とても心地良かった。
強張っていた感情が緩やかに凪いでいって、知らず、彼の背中に腕を回す。嬉しそうに小さく微笑んだ様が甘噛みする耳朶(じだ)を通して伝わって来、じんわりと濡れた。
彼の舌先が首筋から鎖骨へ、胸元へと辿っていく。
「ん。あ…」
堪らず声が出て、肌を滑る手と乳首に触れた舌に身震いした。
「んんんっ」
伝わる小さな刺激に思わず片足を曲げた。堪えて踏ん張るように力の入ったふくらはぎを、縁壱の片手が弄る。
「縁壱さんっ」
そのまま下腹部へと移動していく面が向かう先を察して、つい、彼の長い髪を掴むように梳いた。
「駄目ですよ、うた。それとも…縛られたいですか」
語尾を少し上げて言った縁壱の言葉に、びくりとなる。
「私はそれでも…構いませんが」
言いながら身を起こした彼の手が、秘部に触れて身体が跳ねた。
「貴女の麗しい声を聞けるなら…」
顔色を伺いながらゆっくりと撫でる指に、全身が真っ赤に染まる。とても彼の顔を見ていられなくて横を向くと、口元に軽く握った拳を当てて、声を堪えた。
「うた。私が言ったこと…ちゃんと聞いていましたか?」
「い! あ!」
前触れも無く、奥へと指が入り込んできた。
刀を握る彼の割とごつい指の関節が内壁を擦り、無理矢理押し広げていく感覚に目が見開いた。
「や、や…縁壱さん、痛い…」
「嘘です」
彼は指を増やした。
「んああっ」
「こんなに濡れてるのに」
思わず、ソファのクッションを強く掴んで、助けを求めた。
だがそれが、何かしてくれるわけでも無い。自然と零れた目尻のものを吸っただけで、快楽は絶え間なく下から襲ってくる。
「うた。顔を見せて下さい…」
弄りながら身を重ね、面が近付く。行き交う熱に吐息が漏れて、その声色が彼を喜ばせた。
「綺麗ですよ…」
キスの雨が降ってくる。
「っは…あ。あん、ん…!」
蕩けた視界に獲物を狩る顔が映り込む。
柔和な面だが注がれる愛情の濃さに眩暈がした。
「ん! や!」
ふと、身体が大きく跳ねた。
最奥を弄られ、
「やああ!」
電撃のような快楽の波が襲ってくる。
「あっ。あ! んああ! やっ…」
視界が白く弾けた。
「縁壱さんっ…!」
「気持ちいいですか…? うた?」
「あ、あ、あ!」
身を襲う悦楽に思考回路が遮断される。彼の両手が足首を掴んだと思った拍子に、より太く熱いものが我が身を穿ち、声を上げて海老反りになった。
彼の太い竿は一度には入らない。
ゆっくりとねじ込まれていくそれに喘いで堪える。
泪(なみだ)がぽろぽろと零れ、漏れる吐息に一層縁壱が悦びを覚えているのを感じる。自然と身体が痙攣して、繋がる我が身が痺れた。
「うた…」
入りきったのか、身を重ねる。
繋がったまま口付けを受けて舌を絡めた。
「ん、ん…んんっ…」
縋るように彼を抱き締めた。
微かに身を離した彼の優しい顔がすぐ側にあって、
「縁壱さん…」
思わず甘えた。
「うた…!」
「待っ…だめっ、優しく…お願いっ…」
「はい。愛していますよ、うた…」
「私も…愛してる。縁壱さん…」
委ね、任せて、そのまま蕩けていった。
「あなた」
「…はい。何でしょう、うた?」
「お弁当…作る時間。待てる?」
「…あ。ええと…はい。待ちます! もちろんですとも!」
「良かった」
「なので。もう一度。もう少しだけ」
「……え?」
「うた。愛してます」
「あ! ん…! もう!」
「ふふ!」