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​カイト

・弐・

『た、大変なことになっちゃった……』

 卵白を懸命に泡立てながら、部屋を覗きに来た向日葵(ひまり)は冷や汗をかいた。

「うっわあ!! 幾つ折るんだよ紙飛行機!!」

「え?だって炭治郎(たんじろう)が飾りは沢山欲しいからって」

「他のも作れよ、ほら、こういうの!!」

 特大の花のくす玉を出して、隣の無一郎(むいちろう)に声を掛けたのは善逸(ぜんいつ)だ。

「無理だよそんなのー」

「二人でやれば早いだろ。こう折んの!」

 雷を扱うという少年は、手先がとても器用だった。丁寧に一折りしては隣の少年が折る間を待って、導いていく。そんな姿を見ていると、果たして彼らが、命を賭して鬼と戦う剣士だとは思えなかった。

 その向こうで、きよ達三人が、カナヲと作業を分担して、折り紙で輪っかを作っている。

 こちらは見事な連携で、一人が折り紙に折り目を付け、一人が鋏で切り、残る二人が両脇から輪を繋げていった。出来上がる量も二倍早い。

「喜んでくれるかな〜」

「喜んでくれるよ〜」

「みんな楽しみにしてたから…」

「そうだよね〜!!」

 かなりの長さと思われる物が、既に脇には二つほど山になっている。軽々と、彼女らの座高を超えていた。作りかけている手元のそれは、三つ目だ。

 と、しのぶが大きな箱を抱えて別部屋から戻ってきた。

 程なくして、蔦の弦(つる)の束を抱えた伊之助(いのすけ)が帰宅して、

「わあ、これなら十分足ります、伊之助くん」

「がっはっは! 俺様にかかればこんなもんよ!!」

 にっこり笑って言うしのぶに、伊之助が豪快に笑いながらふんぞり返った。猪頭の表情は変わることがないが、この状況を楽しんでいる様子は十二分に伝わってくる。

「じゃ、編みますよ」

「はっ!? 編む!?」

「出来ないんですか? 無理にとは言いませんが、出来ないなら」

「や、やれる! できる!!」

 しのぶの笑顔に、伊之助の表情がまた変わった。

 二人の様子を見ていると、なんだかこちらまでほっこりするようだ。

 腰を下ろしたしのぶが蔦をゆったりと三つ編みしだしたのを見ながら、伊之助が隣に胡座(あぐら)をかく。

 食い入るように魅入った伊之助は、見様見真似で交互に蔦を編んでいくと、割と地味な作業に時折「だああああ!」と叫んだ。

 その様子に、また、しのぶが笑う。

「時々、ここにある毛糸で締めて結わいて下さいね。崩れないように」

 箱の蓋を開けて彼女が伊之助に色とりどりの毛糸を見せると、

「おう! 任せろ!」

 伊之助は両手を振り上げた。

 途端、蔦が崩れてまた伊之助が暴れる。いつの間にやら見ていた面々の笑声が転がるが、素直なのが彼の良いところなのだろう。

 しのぶとゆったりとした時間を紡ぐように、また、蔦を編み始めた。

 全くもって、何ができるのか見当も付かない。

「ひまりさん」

 不意に、背後から話しかけられて、向日葵は撹拌棒を落としそうになった。

 話しかけてきたのは、いつも眉尻が上がっている少女、アオイだ。

 凜とした立ち姿にとても生真面目な感が滲み出ているが、様子を見ていればさりげなく皆の補助をしていて、面倒見の良いことが分かる。

『きっと性格なのね』

 思わず笑みを零すと、アオイは少しばかりイラッとした様子で、

「何してるんですか、そろそろ生地が焼き上がりますよ」

「あ、はい」

『年下だけど、お姉さんみたい』

 再び小さな笑声を零すと、アオイは「んもう!」と呟いて、腕に腕を絡めてきっちんへと引っ張って行こうとした。

『彼らの笑顔がこんなに眩しいのは、きっと…日々、命を賭けて戦っているからなのね…』

 鬼との戦いは、一般人には想像も付かない。

 言ってしまえば一言だが、それだけの技量を極めるだけでも、相当大変なはずだ。そうしてそれも、想像が及ばない。

 ただ一つ、はっきりとしているのは、そんな彼らがいるからこそ、自分たちの生活は守られていると言うことだ。

『一体それが、どれだけの人に知られているのかは…分からないけれど』

 突如、

「こんばんわあ!」

 千寿郎(せんじゅろう)の声がした。玄関の方からだ。

「いちご貰ってきたよ! あそこの洋食屋さん、親切で。分けてくれました!」

 小走りで近付いてくる音がする。

 合流して、大広間の飾り付けを見て、彼は、

「すごい!」

 目を丸くした後、明るい笑みを零した。

「見て、ひまりさん」

 隣に並んだ彼はこちらを見上げ、箱を差し出してくれる。粒の大きないちごが均等に、箱に並んで詰まっているのに、

『伊黒(いぐろ)さんだわ…』

 蜜璃(みつり)と小芭内(おばない)を思った。

 けえき、と呼ばれる洋菓子のレシピを教えてくれたのは、蜜璃だ。材料の集め先を先だって書き留め、渡し教えてくれたのは一緒にいた小芭内で、寄った店の対応を思えば、このいちごについても、口利きしてくれていたのだろうと思う。

「ありがとう…」

 声色が、遠く飛んだ。

 何事にも良く気の利く少年が、慮った様にやんわりと笑みを浮かべる。顔を見合わせては互いに肩を寄せて、くすりと笑みを交わした。

「けえき作り、僕も手伝いますね!」

「さ、じゃ、仕上げましょう!」

 アオイも言った。

「他のご馳走も皿に纏めないと。ほらほら」

 再びアオイに腕を引かれて、笑いながら、きっちんへと戻っていった。

 彼らの様子を見ては、何となく、こうなってしまった理由も分かった気がした。



『遅くなった…間に合うか』

 実弥(さねみ)は峠の山道を無視して、山を直線距離で駆け上がった。手には小箱の入った包みが握られており、揺れないよう脇に抱えられている。

 峠の宿場町に着くと一旦息を整えた。すっかり辺りの暗くなった参道を、さくら茶屋まで軽く走る。

 暖簾(のれん)は既に、仕舞われていた。

『遅かったか。…ひまりは』

 行き違いになったのではと、予感が走った。とにかく中を確認しようと、硝子張りの出入りの戸に手を掛けたとき、自動で開く。

「煉獄(れんごく)」

 中から現れた人影に、心底驚いた。固まって思わず名を呼ぶと、

「不死川(しなずがわ)。何をしている、今日じゃないのか?」

「! 知ってるのか!」

「知らない奴がいるのか?」

「な……」

 愕然とした。

 弟の誕生日を話したのは、向日葵にだけだ。

 どうして。と投げかける暇も無く、杏寿郎(きょうじゅろう)が言った。

「俺もこれから行くところだ。任務前に顔だけでもと思ってな。和菓子を届けて欲しいと頼まれたし」

「ど、どこに…」

『あいつ…煉獄まで使いっ走りか』

 呟きながら、思わぬ感想を抱いて、苦笑った。

 考えてみれば、彼女は鬼殺隊の人間ではない。こちらの事情や人間関係など、知ったこっちゃないのだ。

 問いには杏寿郎は驚いた様子で、

「ん? 蝶屋敷だが…」

「何…っ?」

 再度面食らった。

 蝶屋敷と言えば、隊士が集まるしのぶの屋敷だ。

『一体何人が関わってるんだ…!』

 背筋を汗が辿った。

 慌てて身を翻し、元来た山を駆け下りていく。背中に自身を呼ぶ杏寿郎の声が聞こえたが、構っている暇はなかった。



 それより少し前。

 炭治郎と禰豆子(ねずこ)の二人が、岩柱邸にいた。

 夢見の悪かった玄弥(げんや)は、あからさまに不機嫌な顔をして、二人の前に正座をしている。

 間を取り持つように、岩柱の行冥(ぎょうめい)が脇に鎮座しているからだ。

 炭治郎が何度目かの同じ言を吐いた。

「だーかーら、しのぶさんが呼んでるんだってば」

 そのため自分も、同じ言葉を吐き捨てる。

「明日で良いだろ。定期検診元々明日じゃんか」

「気になることがあるから早めに、って、言ってるんだよ」

「今夜行こうが明日行こうが変わらねぇよ」

 口調が冷淡になった。

 気になることと言われれば、嫌な予感しかない。不都合なことなら尚更、行きたくもなかった。

「玄弥」

 どっかりと胡座をかいた様に、とうとう行冥が口を開いた。

「行ってきなさい。わざわざ柱が使いを寄越しているんだ」

「使いって…鴉でもないじゃないすか」

「大切な用事なのだろう」

「う…」

 悲鳴嶼(ひめじま)さんまで、と、溜息が漏れた。

 岩柱に言われてしまっては、腰を上げない訳にも行かない。

「分かった、分かりましたよ! 行けばいいんだろ!」

 最後は炭治郎を睨んで言って、兄妹がほっとしたように顔を見合わせたのを見た。

 炭治郎の視線が行冥に飛んで、

「ありがとうございます、悲鳴嶼さん」

「南無阿弥陀仏…」

「縁起でもねぇだろ!!」

 咄嗟に毒づいて、「すみません…っ」と、慌てて両手で口を押さえた。

『カイト』・弐・: テキスト
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