宵待ち月 風の調べ
第壱話:漣
・肆・
何度目かの愛撫に兄が撓垂れて義政(よしまさ)にもたれ掛かった。足音を忍ばせ、背後にそっと近付いていく。距離が縮まるほどに兄の甘く乱れた吐息が聞こえて、鼓動が早くなった。
同時に、怒りに近いものも込み上げてくる。
『このまま兄上を引き摺ってでも、…違う、ここは、兄上の屋敷でした…!』
込み上げた感情を抑える為には、義政を追い出さなければならなかった。
『なんと言って説得すればいいのか、私には』
迎え入れたのが兄なら、兄が納得しない限り義政は出て行きはしないだろう。
汗に滲む艶めかしい肉体が、目の前にあった。
しなやかな髪が逞しい背に張り付いて、荒く息をする度に後れ毛が踊る。二人の色香が白濁に混ざって、寂寞の風が心に吹いた。
「兄…」
呼び掛けようと口を開きかけたときだ、巌勝(みちかつ)が身じろいだ。
近付く気配に気付いたようだった。ぼんやりとした視界を、少し身と首を捻って後ろに回そうとしたとき、
「巌勝」
甘ったるい声が兄を呼んだ。義政のそれだった。
「義政……あっ、ひあ! も、赦せ…!」
「駄目。もっと聞きたい…」
腰を入れた義政の動きに、巌勝が喘いで反応した。敏感になりすぎているのだろう、義政が少し腰を動かすだけで兄は乱れる。
一層義政に縋って肩に顔を埋めると、それを赦さぬように、下を抜いて面を上げさせた。熱に浮かされ蕩けた兄の顔に、前髪の影が落ちて揺らぐ。見つめた義政の瞳が愛しげになって、顔が近付いた。息つく間もなく義政の舌に喉奥まで犯され鳴くと、兄の身が震えた。刹那、股から義政の熱が糸を引いて滴り流れ、あらぬ姿に自身の一物が猛った。
あっという間に、身も心も、兄の婀娜(あだ)やかな態(てい)に持って行かれた。
「っ!」
不意に、義政と目が合った。
言いたいことは分かった。心臓が早鐘を打つように鳴って、そ…と手を伸ばす。
風柱の激しい口吸いに意識を持って行かれている兄は、手が触れるまで、気付かなかった。
その肩に、腕に、触れたとき、
「!!」
兄の身が大きく揺れた。
はっとなって義政から顔が離れ、こちらを向く、直前、義政がにっこりと笑って両手で兄の顔を挟む。
「よし、ま、さ…?」
困惑した声は、後ろ手に持って行かれたものに対してのそれだ。
自らの帯を解き、兄の腕を後ろできつく結う。袴も襦袢も、音を立てて脱ぎ捨てた。その物音に、巌勝の身が震え、恐怖に染まったように思えた。途端、束縛を解こうと腕を揺すり身悶える。
「巌勝」
義政はそっと面を近づけて、顔を斜交いにさせた。兄は硬直して、蚊の鳴く声で彼の名を呼んだ。助けを求めるような声色だった。
だが、義政は、兄の耳元で、愛の言葉を囁く。耳朶を甘噛みし、震える巌勝を落ち着かせた。
心の奥底に漣が立って、苛立った感情は真顔のまま兄に向いた。
戸惑いと納得と、疑問とで複雑になった兄の表情は、それだけで十分欲情をそそった。だがその感情全ては、義政に向けられたものなのだ。
咄嗟に、
「兄上」
「!」
確かな声色で呼んだ。
途端、「あ~あ」と義政の顔が残念そうになった。ただそれも、刹那のことだ。瞬く間にしたり顔になって、兄の首を絞め逃げられないようにした。
「縁壱!? や…いやだ! 義政、離せ!」
一瞬で、兄が状況を理解した。義政の両手で作った首輪から、叫び声が響く。
腰を掴み、大仰に引っ張るのに合わせて、義政の手が離れた。
「!」
腕を縛り上げられた兄の上半身は即座に褥に沈んで、尻がこちらに突き出た。兄の頭を撫でて微笑む義政の姿に、狂気を感じた。込み上げてくるものを解き放とうと、後ろから強引にねじ込む。
「義政…!? ああっ! や! やめ…! んああ! より、いち…!」
兄が啼いた。足が小刻みに震えるのを見る。
「い、あ! あああ…!」
とろとろになった兄のそこは、ずぶずぶと自身を飲み込んでいく。その度に、兄の声が木霊した。絶望と、快感のない交ぜになった声色だった。
目尻に浮かぶものが、どちらにより比重があるのか証明している。
胸の奥に皹が入る様だった。
『こんなことをしても、一層、兄上に嫌われるだけなのに』
それでも? と、もう一人の自分が真顔で問いかけてきた。
「縁壱…やめ、ろ…! ふざけ、る…な! やめ…っ」
「っ…」
腰を入れると、兄の身が跳ねた。
「はぁっ! やだ! ぃやだ! やめ…あんんっ!」
一度、二度。突き殺すように、奥底を穿った。
「いやだ! やっ! やああ…っ!!」
兄が悲鳴を上げた。突き抜ける快楽に頭を振って、涙や汗が飛び散る。追いつかない理性に激しい呼吸を繰り返し、叫ぶ度に涎が垂れて乱れた。
「兄上? 義政が…好きですか?」
「!? っはあ!」
「如何なんです? 彼は助けてはくれませんよ? それでも、彼が好きですか?」
「んっ! んあ! いああ…」
「ほら。言わないといつまでもこのままですよ? それとも抱かれるのが好みなだけですかね?」
「より、い、ち…!! ふざ、…んああ!」
微かに首を回した兄の目に、憎悪が浮かんだ。涙が溜まり、怒りが充血させていく。
「!」
見たことのない表情だった。打ち消したくて、なおさら勢いを付けて腰を振った。
「ひ! ああっ!!」
「縁壱。そんな激しくしたら応えたくても答えられないよ」
義政がにやりと笑った。
息も絶え絶えに悶える兄の身を掬い上げるように起こし、自然と我が身が畳に座る。のし掛かった兄の身が上になって、自然と腹を抉ると、
「やああっ!」
巌勝はその瞬間、目を見開き、次いで固く閉じて、激しく頭を振った。
まるで雷に打たれたように身が震え、痙攣し始めた。義政が正面に中腰になって、兄の震える身を撫で口付けた。
「巌勝…」
「よ…しま…助…っ…!」
上下に揺すり、肌と肌の打ち合う豪快な音に、巌勝の嬌声と悲鳴が混ざった。得も言われぬ声色に、一層我が子が太く膨らんで、兄を強く刺激する。
「義…義、政、よ、し…まさ…!」
兄が泣いて縋った。壊れかける瞬間を見た。
「俺を見て。巌勝…」
「!」
おぞましい感覚が我が身を襲った。
義政の手が兄の竿に伸びて、萎れたそれを撫でた。
「あんん…!」
途端、兄の意識は己から逃げるように、義政一色になったのを感じた。伝わる熱が望む現実に置き換わるように、混濁し、冷えて、離れていった。
義政の口付けて触れる口の端から、兄の甘い吐息が何度も漏れる。喘ぎ伸びた舌はまるで差し出したようで、義政が絡ませ舐った。次第に少しずつ起き上がり硬くなった兄のそれから、指で弄られる度に、白濁が溢れ止まらなくなった。
『兄上…!』
深い谷間に突き落とされた感覚に陥って、悟った。
『兄上は、決して、手に入らない』
それなら、いっそ。
義政が、不意に、止めに入る仕草を見せた。こちらの思惑に気付いたようだった。
兄の意識が飛ぶ直前、その身を強引に引っこ抜くかのように。まるで大きな株、それを再現するかのように。兄を持っていこうとした。
『今更!』
「縁壱!」
兄を抱き締め窘める声が聞こえ、心の内の怒りの振り幅は大きく超えた。だが、兄を貫き、果てた様を奪われた。懸命に暴れたのだろう、硬い帯に擦れて皮の剥げた両腕を解放し、真っ赤になったそこを義政の手が、全身が、包むのを見た。
「っ…」
両手の塞がった彼の横面を、思い切り叩いた。自身でも、思っても見ない行動だった。
勢いよく横に流れた面から、痰が吐き出された。真っ赤な血の滲む、それだった。
義政が、ふ…と笑った。
「何が…!」
「俺は悪くない」
「この期に及んでそんな事を!」
「乗ったのはお前だ。俺は何も言ってない」
「!」
「分かったろ? 巌勝は、俺のものだ」
もう一度、手を振りかざした。
だが、甘んじてそれを受け止めようとした彼が、咄嗟に目を閉じて兄を強く抱き締めたとき、動きが止まった。
兄の頬に、涙が一筋、伝った。
「…」
ゆっくりと、腕が下がった。
『兄上は、義政の、モノ…』
ぐるぐると、要らぬ想いと考えが、心を、頭を、巡り、支配していた。
第壱話:漣・完・